水滸伝絵巻-graphies-

第百二十九回
ならずもの達の凱歌(二)



 東京の空は、曇り始めていた。
「暗い、火を入れろ」
 安道全は、阿虎を呼んだ。返事はなかった。
 昼前に街へちょっとした買い物にやった阿虎は、まだ戻っていなかった。
 風が窓枠を鳴らし、安道全も、不機嫌に鼻を鳴らした。
 苛立ちの原因は、恩知らずの阿虎ではなく、疲れているせいかもしれない。
 まもなく、安道全は、出迎えの侍従に連れられ、午後の脈を取りに天子の宮殿に赴いた。先客があった。“紫髯伯”皇甫端が、白黒のぶち猫を抱いていた。尻尾が黒くて、額に丸い星がある立派な猫だ。
「お上、御猫様の病は癒えましたぞ」
 寝台に腰掛けた天子の膝に、皇甫端は猫を置いた。猫が、ミャオと鳴いた。
「おお、よかった」
 天子の手が、猫の柔らかい首に置かれた。猫は甘えて、ミャオミャオと鳴き続けている。
「この猫は“銀樹”といって、栄徳帝姫がくれた子なのだ。あの姫はまだ降嫁もせず、犬やら猫ばかり可愛がっておる。そうだ、病が癒えた祝いに、この猫の絵を描こう」
 天子は嬉しそうに、膝の猫を撫でている。

「よい子だ、“銀樹”」
 天子は終始ご機嫌よく、安道全もつつがなく脈をとり、皇甫端とともに御前を下った。
 二人は、久しぶりに皇甫端の部屋で飲むことにした。
 皇甫端は厩の近くに瀟洒な建物をもらい、愛妻のフレシュタとともに住んでいる。美しいフレシュタは、もとは波斯王の寵姫だし、皇甫端も王宮務めを経験している。部屋には異国の絨毯や硝子細工など珍しい品で飾られ、二人は宮殿暮らしを楽しんでいるようだった。
 貴婦人の装いをしたフレシュタが葡萄の美酒を置いて去ると、皇甫端と安道全は酒杯を合わせた。安道全はいつもの渋い気難しい顔をして、皇甫端の紫の髯を睨んだ。
「御猫様の主治医、うれしいか」
「病を治すのに、わしは人も動物も差別しない」
「悪人ならば、どうだ」
「人も動物と思えば、善も悪もなかろう」
「童貫でも蔡京でも、治してやるのか」
「そうさな、あいつらが痩せ細って、わしの門前にグッタリと横たわり、よだれと涙を垂れ流しながら、憐れみを請うてきたら、考えてやらんでもない」
 ふん──と、安道全はまた鼻を鳴らした。酒が進んだ。李巧奴が死んだ頃から、前ほどは飲めなくなった酒を、何杯か続けて呑んだ。皇甫端が、珍しく酌をした。
「“玻璃の小瓶”」
 酒とともに注がれた皇甫端の言葉に、安道全は赤みの差した目を上げた。
「あれは、どうした。持っているのか」
 安道全は、しばらく酒杯の中の真っ赤な酒を睨んでいた。
「持っている」
 瓶は庵に隠してある。しかし、安道全の胸の奥には、常に青い玻璃の小瓶の冷たさが潜んでいる。
「そうか」
 皇甫端は、毒でも舐めるように、酒を舐めた。
 瑠璃の小瓶の中身は、毒だ。安道全に頼まれて、皇甫端が調合した“特製の薬”──動物を安楽死させる薬だった。
 皇甫端の表情は変わらなかった。世間話のように続けた。
「人に飼われている動物が老いたり、病になると、それは悲惨だ。掌を返したように鬱陶しがる飼い主もいるし、少しでも長生きさせようと、あらゆる治療を望む飼い主もいる。弱った動物にむりやりに餌を食わせ、吐かせて、却って苦しめたりもする。自然に暮らす動物は、自分で餌をとれなくなれば、巣穴の奥にこもって静かに死ぬか、他の動物に食われて死ぬ。苦しみが長引くことは──そうはない」
 だから。
 皇甫端も、ゆらゆらと揺れる赤い酒の波を見つめた。
「だから、わしは、時には、その薬を使うのだ。苦しみから、救うために」

 安道全は庵に戻った。薬草苑の中にある、小さな庵だ。空を見上げると、灰色の雲が走っていた。
 薄暗い庵の中はしんとして、肌寒かった。今日は、夕立がくるかもしれない。
「阿虎め、まだ戻っていないのか」
 頭痛がするのは、飲みすぎたためだろうか。酔い醒ましの薬湯でも作ろうと、安道全は薬の棚を探った。そして、貴重な薬草が減っているのに気がついた。
 遠雷が聞こえ、まもなく雨が降り始めた。
 安道全は、薬草の匂いに充ちた小部屋の闇に取り残された。
「ならずものめ!」
 罵り声さえ、湿って聞こえた。



 郁嶺関の空は晴れていた。
 その晴天に、六本の矢が長い影となって走った。
 史進は駆けながら、弦音を聞いた。小気味よい音は手練の証拠だ。確実に急所を狙い、一撃で仕留めてくる。
 史進は刀を斜めに構えた。首から胸をかばった。しかし、なぜか狙いは逸れ、矢は右の脇腹に突き立った。

「はずした!」
 ホウ万春は愕然とした。
 彼が放った六本の矢は、射る時に異なる角度をつける絶技である。六箭が、六人の急所を射抜くはずだった。その百発百中の照準が、思わぬ“史進”の出現で狂った。
「次は……はずさない」
 ホウ万春は箙から二本の矢を引き抜いた。
 空は晴れ、かすかな風が吹いていた。清澄な風が、雑念を過去の彼方へ運びさる。
(さようなら、史進さん)

 ホウ万春は、狙いを定めた。

 史進は足を止めなかった。
 矢を受けたのは初めてではない。傷口は最初は冷たく感じ、次に焼けるような熱さが広がる。血が逆流し、心臓が早鐘を打つ。痛みを感じるのは、暫く後だ。
 史進は左手で矢柄を握り、走りながらへし折った。矢柄が長く、邪魔だった。
 史進は足に力を込め、最後の勾配を駆け抜けた。この先は広場になっていて、遮るものはなにもない。
 真夏の太陽にさらされた明るい場所へ、史進は、真っ直ぐに飛び込んだ。
 門上の射手はひとりだ。
 射手が矢を放つのが見えた。今度こそ心臓を狙ってきた矢を、史進は刀で叩き落とした。
「へたくそめ!」
 刹那、次の矢が史進の右目を貫いた。

 一瞬で世界が真っ暗になった。
 史進は反射的に矢を引き抜いた。瞼は裂け、血まみれの眼球が矢とともに眼窩から抜け落ちた。頭を、思い切り殴られたような衝撃だった。視界がぼやけ、目眩がした。半分になった視界は真っ赤に染まり、その彼方から、三本目の矢をつがえる男の顔が、忽然と史進の目に飛び込んできた。
「莫志じゃないか」
 史進の瞳の奥に、輝く青い空が広がった。

 懐かしい真夏の空だった。
「俺だ、史進だ」
 同時に、弦音が郁嶺関の空に響いた。

「史進!!」

 石秀の目の前で、史進は三本目の矢を受けて倒れた。矢が胸を貫いていた。
 石秀の左肩にも矢が立っている。鏃は肉を突き通り、骨で止まった。右腕で、石秀は倒れた史進の体を掴んだ。
「史進!!」

 史進は目を開けた。
 石秀のぼんやりした輪郭が、灰色の中に浮かんでいる。
 史進の意識ははっきりしていた。
「石秀、あいつは、“莫志”だ」
「“莫志”? 誰だ、そいつは」
「忘れたのか……“龍門決戦”」

「龍門……法難──あん時の、あのガキか!」
 石秀の腕の中で、史進は夥しい血を吐いた。
 世界が、夕暮れのように暗かった。



 その時、梁山泊軍は熱気が立ち昇る山道を猛進していた。
 魏定国が火を放ち、罠と伏兵を焼き尽くす。その後を単廷珪が砂と水を使って消火し、合流した李雲が工兵を指揮して道をならす。まだあちこちで炎がくすぶる山路を、梁山泊軍は捨て身で踏破していく。
 その進軍を阻止すべく、方臘軍の伏兵たちは何度も突撃を試みた。しかし、梁山泊騎兵の先鋒である連環馬軍の勢いは凄まじく、数に劣る方臘兵は次々と焦土に倒れていった。
 梁山泊軍は熱気に包まれていた。
 郁嶺関への登り口は、すぐそこだ。騎兵隊に先だって、石勇が徒歩で駆けていた。通り過ぎてきた仲間の死体が、矢傷の痛みなど忘れさせていた。
「この先だ」
 岩と灌木の茂みの彼方に、細い登り道の口があるはずだ。
 まもなく見える──と思った時、石勇の手が、懐へ素早く動いた。

「来た」
 副将“迦楼羅”計稷は、斜面の梢に立っていた。片手には枝を握り、片手には血に汚れた大骨朶を持っている。
「奴らは、山中に伏兵のあることを知っている。砦の道にも気づいたかもしれぬ」
 猟師の計稷は、山中の“獲物”の位置を、正確に掴む。ここを通ると予測して、待ち受けていた。
「一人も通すな!」
 その首に、飛来した石勇の縄票が巻きついた。計稷が落ちると同時に、藪に潜んでいた“阿修羅”雷炯が、配下の弩手ととも道を塞いだ。雷炯は、自ら造った足踏みの大弩を携えている。同時に二十本の矢を放つことができる連弩である。
「放て!」
 嵐のような風が起こった。石勇は斜面へ飛んだ。代わりに突出したのは呼延灼率いる連環馬である。軽量化しているとはいえ、牛皮と鉄の小札を重ねた鎧は鉄壁だ。雨と降る弩矢を弾いて進んだ。その勢いに雷炯ら弩手は薙ぎ倒され、その上を連環馬隊は縦列になって押し通った。
 そのまま呼延灼軍は登り口に向って突進した。道は細く、勾配も急な悪路である。
 もとより、連環馬に選ばれる軍馬は屈強を極めている。馬というより野獣のごとく、筋肉のもりあがった四肢で険路をよじ登っていく。それでも、足を挫き、岩に倒れ、斜面を転がり落ちていく者が後を絶たない。
 続くのは林冲軍である。梢から襲いかかる“迦楼羅”計稷の残党を切り伏せ、蹄にかけながら前進する。
 同輩の死体を乗り越え、彼らは進んだ。
「進める者が進め!!」
 梢の彼方に、郁嶺関が見えてきていた。



「あの時、殺しておくべきだった」
 石秀は砦の射手を睨んだ。
「史進、つかまれ」
 石秀は史進の腕を肩に担ごうとした。その手を、史進は振り払った。
「俺にかまうな……逃げろ」

「断る。俺はな、敵に後ろを見せたことなぞ一度もねぇんだ」
 莫志──ホウ万春も、砦から石秀を見つめていた。
「なんだ、あいつもいたのか」
 ホウ万春は黄金の弓に、一番いい矢を選んでつがえた。
「あいつは、きらいだ」
 しかし、狙いを定める間もなく、空に爆音が轟いた。
「なにごとだ!?」
 震動する門楼で、ホウ万春は背後を振り向いた。いましも砦の裏手から黒煙が立ち上るところだった。風にきなくさい異臭が混じった。
「将軍、裏の建物に火が!」
 砦には、ホウ万春と凧係の小卒、見張りの兵しか残っていない。その見張りの兵が駆けつけてきた。
「西側から侵入者です!!」
 報告の声をかき消して、またしても轟音が砦を揺るがした。
 ホウ万春は、四方の空を見回した。
 背後からは砲声と炎、黒煙。眼下には六人の敵。さらに、東から──梁山泊軍が駐屯していた方角から、郁嶺関に向って巨大な黒煙が迫り来る。
「山中の味方は、なにをしている」
 手中にある無敵の弓が、麦の穂でも握っているように頼りない。無意識に甲冑の胸を探ったが、『精武大宝経』は、老和尚のもとに残してきたままだった。
 再び砲声が轟いた。
 ホウ万春は自ら侵入者を倒すべく、門楼を駆け下りていった。



 ホウ万春の姿が砦から消えた。
 後方で倒れたふりをしていた陳達、楊春も駆け寄ってきて、史進を囲んだ。矢は、陳達には当らなかった。頬を引き裂き、後方へ飛び去った。楊春を狙った矢は兜をかすめ、地に落ちた。
 李忠と薛永は遅れていた。李忠は太股に矢を受けていた。根本まで食い込んだ鏃を抜けば、大量に出血する。李忠は矢を刺したまま、薛永の肩を借りて登ってきた。薛永だけは、無傷だった。
「史進さん!」
 石秀が史進の傷を抑えていた。出血がひどかった。
「心配するな、史進は死にやしない」
 薛永は石秀にかわり、史進の手当てをしようとした。しかし、史進の矢傷は深く、抑えた手の下から血が絶え間なく溢れてくる。
 石秀は、薛永をせかした。
「薛永、急げ。すぐにここを離れるぞ」
 石秀の目は、無人となった門楼に据えられている。
「あいつは、莫志だ。弓は、すでに神業の域に達している」
 石秀が口にした名が、李忠の消えかけていた記憶を呼び起こした。
 梁山泊に百八人が集結し、“黄金三年”を謳歌していた時。道教が仏教を併呑しようと、“宣和法難”が巻き起こった。その時、史進は師の王進を探して兵乱の河南にいた。彼らは史進と合流し、弾圧される僧侶たちに味方して戦い、そのなかで、ひとりの少年僧──弓の名手“莫志”と出会った。
「史進になついていた、あの小坊主が、敵になったのか」
 石秀は薛永の手元を覗いた。
「薛永、止血はまだか」
「だめなんだ、血が止まらない」
 史進が薄く片目をあけて、誰にともなく呟いた。
「なぁ、思い出さないか」
 少林寺の金山大師、帝姫・銀樹、龍門の決戦──会えずじまいだった王進。思い出が、次々に蘇る。あれは、輝くような夏だった。
「史進さん、喋らないで」
「メンツも同じだ」

 次第に視界が暗くなっていく。史進は、仲間の顔を見渡した。石秀、薛永、李忠、陳達、楊春──。
「縁起がいいぜ」
 史進は穏やかな顔で、懐かしそうに微笑んだ。
「薛永」
「ここにいますよ、史進さん」
 すぐそばにいる薛永の顔が、もう史進には見えなくなっていた。
「銀樹は、元気かな」
「ええ、きっと」
 握った手が、氷のように冷たかった。
「おかしなヤツだったなぁ」
 笑いながら、史進はしずかに瞼を閉じた。

 それきり、史進の言葉は途切れた。
 石秀は掴んでいた史進の腕を離し、立ち上がった。はだけた胸は、史進の血でべったりと濡れていた。
「あの砲声は、きっと仲間だ。いまのうちに、史進を連れて逃げるんだ」
 砲声は続いている。
 しかし、まだ友軍の姿は見えない。



「ええ眺めや!」
 時遷は煤けた顔で、会心の笑みを浮かべた。
 時遷は郁嶺関の敷地内に忍び込み、人気のない倉庫の屋根に立っていた。肩には相棒のネズ公を乗せ、手には“轟天雷”凌振が開発した手持ちの小型火砲を抱えている。
 向こうの物見櫓が、ごうごうと火を噴いていた。
 小行者から西側の石積みに隠し道があることを教えられ、時遷は単身、ここまで忍び登って来たのである。見張りは、東側に攻め寄せた史進たちに目を奪われ、火が出るまで時遷に気づかなかった。
 時遷は耳に綿を詰めている。ネズ公も小さな耳栓を詰めていた。
「どかんと、一発!」
 時遷は、火口を使って砲の尻に点火した。隣の兵舎が燃え上がる。
「もひとつ、おまけ!!」
 裏手の建物は次々に炎上し、真っ黒な煙が郁嶺関の上空に広がっていく。時遷は手当たり次第に放火しながら、騎兵軍が来るはずの東門を目指した。

 ほどなく、ホウ万春が西門へ駆けつけてきた。
 西門は歙州への退路である。奪われれば、逃げ道がない。
 しかし、辿りついた西門周辺は火の海で、侵入した蚤一匹、見つけることはできなかった。
 見上げると、郁嶺関の空は黒く染まり、“全軍玉砕”を命じる凧も煙に呑まれて消えていた。



 梁山泊騎兵軍が郁嶺関を目指して行く。
 方臘兵たちは蹴散らされ、その蹂躙から逃れた雷炯は、縄票を巻かれ息絶え絶えの計稷を助け、見晴らしのある斜面まで出た。
 郁嶺関から、砲声が轟いている。
「あの音は、なにごとか」
 峰からは黒煙も立ち上っていた。
「すでに、砦に敵が」
 雷炯と計稷は、もとより山中で玉砕する覚悟であった。しかし、郁嶺関の急変は、彼らに死ぬことを許さなかった。
「砦を守るのだ」
 郁嶺関が落ちれば、歙州に通じる道が奪われる。
「──戦おう」
 雷炯が、砦を目指して道なき斜面を登りはじめた。
「兵を集めねばならぬ」
 雷炯は首に吊っていた狩人の呼び子を吹いた。峰々を越えて響く笛である。
 やがて山中からひとり、また一人と兵士たちが集まってきた。彼らは、郁嶺関を守るために温存されていた二百人の熟練の連弩兵であった。
 雷炯の笛が響く。計稷が続き、集まってきた兵士たちが続いた。
「ひとりでも多く、敵を殺せ。闇の悪魔を」
 行く手には、郁嶺関が燃えている。
 それは、さながら、天空に浮かぶ巨大な松明であった。



 石秀を先頭に、六人は登ってきた道に向った。
「仲間がすぐそこまで来ているぞ」
 陳達が史進を背負い、傍らから楊春が支えた。史進は陳達の肩に首を預け、ぐったりとして動かない。
「史進、しっかりしろ。もう少しの辛抱だ」
 そう言った石秀の足元に矢が突き立った。
「敵だ!」
 先頭にいた石秀へ、前方から次々に弩の矢が飛んできた。葛折りの道の向こうに、方臘軍の姿が見えた。計稷ら連弩兵が戻ってきたのだ。砦に登る道も、逃げる道も、この道だけだ。李忠は、棒を構えた。
「どうする、石秀」 
「ここは俺に任せろ」
「ばかやろう、無茶を言うな!」
「心配いらねえ、俺は不死身だ」
 言うやいなや石秀は刀をふりかざし、道を塞ぐ連弩兵の中へ飛び込んだ。
「俺も行くぞ!」
 ついて行こうとする陳達を、楊春が止めた。
「よせ、史進はどうする」
 陳達の背には、史進が背負われている。方臘兵の矢は後方の彼らをも狙っていた。楊春と李忠が武器をふるって防いだが、連弩は間断なく射込まれてくる。
「距離をとれ、射程から出るんだ!」
 李忠に促され、陳達たちは矢を払いながら後ろ向きに後退した。
 石秀のまわりでは、方臘兵がばたばたと倒れていた。矢を浴びながら、石秀は手当たり次第に方臘兵を斬り伏せた。

「梁山泊、参上!!」
 方臘兵たちは怯んだ。彼らは弩兵で、接近戦では無力である。弩兵の中に飛び込んできた敵など、かつて一人もいなかったのだ。矢を放ついとまもなく、十数人が石秀によって倒れされた。
「後退して包囲せよ!」
 雷炯がうろたえる兵士たちに命じた。この連弩兵が、郁嶺関最後の兵力なのだ。彼らは後方に敵の騎兵軍が迫っていることも知っている。
「退いて体勢を整えるのだ! 敵を囲め!」
 道を退く弩兵たちを、石秀は追いかけ、さらに数人を斬った。斬りながら李忠たちに向って叫んだ。
「今のうちに逃げろ!」
「そう言われても」
 李忠は四方に逃げ道を探していた。
「逃げるって、どうやって」
 左手は険しい斜面になっている。木が密集し、道はない。
「薛永、そっちはどうだ!」
 薛永は道の反対側を探っている。
「だめです、崖です。絶壁だ」
「くそっ、広場に戻るしかないか」
 李忠は足の傷の痛みも忘れていた。矢風が、天を覆っている。

 石秀は暴れ続けているが、すでに何本もの矢を受けていた。最初の突撃に浮足だった弩兵たちも、体勢を立て直しつつあった。“敵”がわずかで、突入してきたのも石秀ひとりであることに気がついたのだ。雷炯は計稷の部隊に石秀を任せ、自分は残りの兵を連れて砦へ向った。その先には李忠たちがいる。雷炯は石秀のような突撃を警戒し、弩手たちに射程ぎりぎりの間合いを取らせた。
 彼らの矢を避けた李忠たちは、登り道から門前の広場へとじりじりと後退していった。
 李忠は広場の隅に小さな岩と、藪があったのを思い出した。振り返ると、数人は身を隠せそうだった。
「あの岩影に隠れろ!」
 史進を担いだ陳達と楊春が来た道を駆けだした。矢の雨の中を、陳達は飛ぶように走った。楊春が追いすがる矢を防ぐ。
「突っ切れ!」
 それを見た雷炯が部下に命じた。
「無駄矢を射るな、あいつらを追え!!」
 薛永が陳達たちを追いかけ、李忠は石秀へ振り向いた。
「石秀ッ!!」
「俺は不死身だ!!」
 李忠たちを狙う方臘兵の背へ、石秀が斬りかかる。たちまち石秀は敵に囲まれ、声が聞こえただけだった。
 李忠は一瞬、目をすぼめ、薛永たちの後を追った。
「死ぬんじゃねぇぞ、石秀!!」
 陳達は力を奮い起こし、史進を背負ったまま全力で駆けた。楊春は殿で流れ矢を防ぎながら続く。彼の蛇甲は、弩の矢を通さなかった。

 石秀は弩兵を斬りまくった。やがて弩兵は距離をとり、石秀に弩の狙いを定めた。矢を受けながら、石秀は戦った。石秀が進めば、方臘兵は後退する。それを何度も繰り返した。
 石秀は刀を振り回し、矢を薙ぎ払いながら進む。矢は石秀の腕に当たり、足に刺さった。やがて、どこに受けたかも分からなくなった。しかし、どの矢も、どんな矢も、石秀を止めることはできなかった。
 石秀は七度、突撃した。そして、八度目で、石秀はついに倒れた。動かなくなったのを見た方臘兵たちが、恐る恐る石秀に近づいていく。

 ふいに石秀が立ち上がった。

 驚いた方臘兵が、崩れるように後ろへ逃げた。石秀はその中へ駆け込むと、先頭にいた方臘兵を斬り捨てた。さらに続けて四人を倒した。やがて石秀の動きが止まると、その体に、何十本もの矢が突き立った。
 石秀は倒れた。身動きしなくなった石秀を、方臘兵たちは暫く遠巻きにしていた。ようやく一人の若い兵が足を踏み出した時、みたび、石秀は立ち上がった。若い兵が悲鳴をあげ、しりもちをついた。石秀の胸を、弩兵たちが一斉に放った矢が埋めつくした。

 弦音が、止んだ。

 それから、石秀は、見えない手で胸を突かれたように、仰向けに倒れた。
 それきり、石秀は二度と動くことはなかった。
 それでも、しばらく、方臘兵たちは石秀に近づくことができなかった。

 その時、陳達たちは広場の岩陰にようやく辿りついたところだった。陳達は足に矢を受け、楊春が史進を背負い、片腕で陳達を支えていた。
 雷炯が指さした。
「逃がすな、囲め!」
 恐怖に凍りついていた方臘兵たちが、砦へ向って動き出す。
 その前に、陳達たちはなんとか岩影に飛び込んだ。
 すでに、史進は息をしていなかった。
「史進さんが死んだ!」
 薛永が絶望の叫びをあげた。
「これは運命なんだ! もう逃げられない、僕たちもここで死ぬんだ!!」
 李忠は薛永の肩を強く掴んだ。
「しっかりしろ、薛永」

 いいか──と、李忠は肩を掴んだまま、薛永のおののく瞳をのぞきこんだ。
「“あの時”も、俺たちは生き残った。今度も、そうだ」
 薛永は、激しく首を振った。
「史進さんを見て! 石秀を見て! 僕も、僕も死ぬんだ!」
 何かを叫びながら、薛永は岩陰から飛び出した。
「まて薛永!」
 方臘兵たちは怯んだ。彼らは石秀の斬り込みの様を見たばかりである。薛永が飛び出すと浮足立った。その隙に、李忠は薛永を追い抜き、前に出た。ほぼ同時に方臘軍の射撃が始まった。
「放て!」

 李忠は飛来した矢を棒で防いだ。
 一本、二本と叩き落としたが、三本目が肩に刺さった。続いて、腕に、足に、腹に矢が突き立った。李忠は矢をものともせず、猛然と敵に突入した。頬を矢が貫通し、真っ赤な血飛沫が散った。その一瞬、射撃がやんだ。
 血まみれの顔で、李忠は振り向いた。
「薛永……今だ」
 薛永は言葉にならない叫びをあげながら、方臘兵の間を擦り抜け、道を駆け下りていった。数人の方臘兵が後を追った。
「そうだ、逃げるんだ……お前は、まだ若い」
 李忠は再び振り返り、弩を構える方臘軍の中へ駆け込んでいった。


 なぜか、静かだった。少なくとも、楊春は、そう感じた。蝉の声も聞こえない。
 陳達は、横たわる史進の息を窺っていた。
「史進が死んじまった」
 陳達は足の傷を布で縛り、武器を取った。
「朱武のアニキに顔向けできねえ」
「動けるか、陳達」
「なんとかな。だが、この足じゃ、さすがの“跳澗虎”さまも、谷川どころか水たまりも跳び越えられねぇ」
 また爆音が轟いた。空には火の粉が舞っている。
 陳達は砦を見て、声を上げた。
「見ろ、門が開いた」
 砦の門が、大きく開け放たれていた。
「あの中で、なにが起こっているかは分からねぇが……」
 楊春は砦に立ち上る黒煙を見つめている。
「最初の砲声は、砦の中から聞こえた」
「そして、莫志の奴は慌てて姿を消しやがった」
「梁山泊の仲間が潜入していると見て、間違いはない」
 陳達は頷いた。
「こうなりゃ、イチかバチかだ」
 楊春も、陳達と同じことを考えていた。
「俺たちで砦を奪う」
「行くぜ、兄弟」
 二人は武器を取りなおし、岩陰を出て門に向った。
「先に行け。俺の蛇甲は矢を防ぐ」
 二人は背中合わせに砦へ向った。再び連弩兵の箭が襲いかかる。彼らの狙いは正確だった。一本、二本と楊春の体に箭が刺さり、蛇甲が矢で埋まっていく。甲は傷つき、ぼろぼろになり、やがて楊春の皮膚まで通った。

(白公子よ、白公主よ、蛇たちよ──俺を守れ!)
 矢を受けながら、楊春は陳達を支えて進んだ。
 陳達は足をひきずり、砦の門を目指して進む。背後にぴったりついた楊春の体から、矢の衝撃が陳達の背中まで伝わってくる。
「あと少しだ、楊春!」
 弦音がしだいに減ってきている。
「しめた! もうじき奴らの矢が尽きる!」
 その時、門にひとりの男が現れた。
「おお!」

 目を瞠った陳達の胸を、矢が貫いた。
 ホウ万春が立っていた。
 ホウ万春が放った矢は、そのまま陳達の体を貫通し、楊春の蛇甲を切り裂いた。

 熱風にあおられた森が唸り、砲声に山が震える。
 心臓を貫かれ、陳達は、即死だった。
 同じ矢に、楊春も心臓を射られて死んだ。

 少華山の虎と蛇は、その身を重ね、郁嶺関の門前に果てた。



 黄昏が、静かに始まった。
 生き残っているのは、もう李忠だけだった。倒した方臘兵たちの死体にもたれ、四肢を投げだすようにして座っていた。
「お前はからっぽ、俺はすみっこ……」
 なぜか周通のことを思い出し、李忠は頬に流れた血を拳でぬぐおうとした。もう指さえ動かすことはできなかった。
 なにかが、道を近づいてくる。
 李忠は座ったまま、眠るように息絶えた。
 梁山泊騎兵軍が現れたのは、それから、すぐのことだった。

 時遷が砦の裏手につけた火が、徐々に燃え広がっていく。
 その火を目指し、呼延灼と林冲は山を登った。
「もう少しだ!」
 道の途中で、石秀と李忠が息絶えていた。
 その死体を避けて、梁山泊軍は進んだ。
 押し寄せる敵を見たホウ万春は門を閉じた。
 風がまだ吹いていた。激しくなった。火の粉と、焦げた匂いが混じった風だ。
 風といっしょに、なにか非常に微かなものもの──忘れていた記憶か、感情か、そんなものが、ホウ万春の傍らを通りすぎていった。
 計稷たちは、その門の外に、当然のように残った。
 ホウ万春は砦を通り抜け、火を避けてなんとか西門から抜け出すつもりだった。途中、人の気配を感じて部屋を覗くと、老和尚が経典を手にして座っていた。
「将軍、経典のこの部分ですが」
「なんだ」
「将軍の解釈は……」
「もう、そんなものは必要ない。僕は、歙州へ退く」
 ホウ万春は老和尚に背を向けた。
 自分には、まだ使命がある。郁嶺関も、五千人の部下の犠牲も、それに比べれば、たいしたことではないと、ホウ万春は信じていた。


 ホウ万春が西側から逃げ去り、砦は再び無人となった。
 おもてから聞こえる喧騒をよそに、老和尚は、夢中で経典を読み続けた。
「“諸人よ、命あるもの無きものよ、みな耳を傾けるがよい。過去もなく、未来もない時、菩提川のほとり、般若の峰の懐に、一人の小さき人あり。身弱く、分別に劣り、ただ大慈大悲あるのみ。あらゆる人、百獣、魔物、山河木石をひとしく愛す。ゆえに大いなる首の鬼となり、無辺の宇宙を焼き尽くさんとする。武をきわめ、我がはらからを滅ぼして、ついに──自らの首を断ち棄つる”」
 黒煙に咳き込みながら、老和尚は逃げることも忘れ、梵字を指で追っていく。
「将軍は、間違っている。ここは──そう“武を極め、武を擲ち、命を棄て、命を棄てざる者こそ、永劫に最も強し”」
 老和尚の厳粛な声が、燃え上がる郁嶺関を渡っていく。
「“それを成し得るものは、王にあらず、勇者にあらず。神にもあらず。ただひとりの、小さき人なり”」
 煙が、すべてを覆っていく。
「“これを──清武大宝蔵経と名づくる”」



 雷炯と計稷は、砦で矢を補充すると、梁山泊騎兵を迎え撃つべく砦の門前に並んで立った。配下の弩兵は、石秀らによって、半数が倒れていた。
「ひとりでも殺せ」
 足踏みの大型連弩を、門前にずらりと並べた。
 その面前へ、林冲は先頭をきって突入した。
「放て!」
 矢が放たれようとした時、門が内側から爆破され、雷炯と計稷は連弩とともに吹き飛ばされた。
 ホウ万春と行き違いに砦をつっきってきた、“鼓上蚤”時遷だった。
 手持ちの火砲から、白煙がもうもうと上がっていた。
「おっ、林教頭や!」
 爆音に、林冲の馬の足が怯んだ。揺れる馬上で、林冲はふらりと力を失った。落ちかけた林冲を、石勇が支えた。武装している呼延灼たちは、やや遅れている。
 計稷と雷炯は、土埃の中から立ち上がった。連弩は吹き飛ばされている。二人は得意の得物である、大骨朶と大鋼鋸を手に取った。
「まだだ」
「一人でも、多く」
“阿修羅”雷炯と“迦楼羅”計稷。二人の巨漢は、林冲に攻めかかった。防ごうとした石勇の縄票を雷炯が叩き落とし、計稷が林冲に迫った。
 石勇は掴んでいた手綱を離し、計稷に立ち向かった。計稷の武器は刺を打った大骨朶だ。小柄な石勇の背丈ほどもあった。
 石勇は、すでに史進たちの遺体に気づいていた。
 細身の匕首ひとつで、計稷と相討ちすると決めていた。
 石勇が跳躍し、計稷が大骨朶を振り上げた。その頭が、弾けて跳んだ。
 血を浴びた石勇が振り向くと、いましも駆け上ってきた魏定国が、火薬を装填した火槍を放ったところだった。
 血しぶきとともに、火の粉が石勇の上に降り注ぐ。
 その時には、孫立と黄信率いる軽騎兵も陸続と到着した。呼延灼、林冲が切り拓いた道を駆け上ってきたのである。孫立は飄然と馬を進めて、雷炯に挑んだ。雷炯の背中には、僚友を殺した火槍の破片が抉り込んでいた。それでも、大鋼鋸の勢いは衰えなかった。孫立の首を狙ったが、孫立は軽く、かわした。
「──楽にしてやる」

 竹節虎眼の一撃で、不屈の巨漢も大地に沈んだ。



 郁嶺関陥落。
 無人の砦は燃え落ちた。捕虜は、幼い小卒と老和尚だけだった。小魚が連れて来た小行者が、はじめて子供らしく泣きながら和尚にしがみついた。
 和尚の手には、経典が握られていた。
「易経に説く“神武にして殺さざるもの”、仏典に説く“慈氏弥勒仏”──世を救うはずの、その御方は、いまだこの世に現れぬ」
 小卒が、ぼんやりとそれを見ていた。
 やがて、老和尚は読経を始めた。
 その傍らには、いつしか小卒と小行者が、脇仏のように寄り添っていた。

 石勇は史進たちの傍らに佇んでいた。岩影に倒れていた史進、針山のようになった石秀、李忠、重なり合って死んでいた、陳達と楊春。
 李雲が、彼らから矢を抜いてやっていた。
 石勇は、身じろぎもしなかった。
 黄信が、ぽつりと言った。
「あんたのせいじゃない」
 石勇の石のように強張った肩に、黄信は手を置こうとして、やめた。ただ、その傍らに立っていた。
 欧鵬がやってきて、目をあけたままの李忠の瞼を閉じてやった。
 そして、矢で草原のようになった狭い広場を見回した。
「薛永は?」
 日が落ちていく。
 山は、黄昏の中に落ち始めていた。



 郁嶺関が燃えつき、山は宵闇に沈んだ。
 薛永は、ひとり暗い山中を彷徨っていた。
 全身の無数の傷から、血が流れ落ちていた。いつ受けたのか、腿に矢が刺さっていた。矢柄が折れて、鏃だけになっているものも何本もあった。
 全身が、火で焼かれるように痛い。はじめはそれほどではなかったのに、時間とともに、耐えがたい激痛となていた。
 しかし、それも長くは続かなかった。出血のため、薛永の意識は、朦朧としはじめていた。
 朦朧としながら、薛永は藪の中を逃げた。
 なにかが、追いかけてくる。
 それなのに、道がなかった。どこへ行けばいいのか分からない。
 薛永は倒れた。無意識に掴んだ土塊に、小さな野の花が咲いていた。森が少しまばらになって、黄昏の柔らかい光が、ひとすじだけ差し込んでいた。
 薛永は力を振り絞り、体を起こした。あたりを見回し、這いずるようにして数種類の草を集めた。それを両手の掌でもみ、汁を出して、腿の傷に擦り込んだ。
(血止めになる……痛み止めにも)
 この山中で、物言わぬ草木だけが、彼の味方だ。
 薛永は、立ち上がった。
 ほぼ片足だけで進んだ。木を伝い、必死に進んだ。
(帰りたい)
 家を滅ぼし、無一物で、ただよい流れて梁山泊にやってきた。“幽”の星は、薄暗い山中に落ちた糸、誰にも見えぬ、ほのかな姿。その星のさだめのとおり、故郷でも、江湖でも、梁山泊でも、なんら目立つことはなかった。
 それでも、こんなところで、死にたくはない。
 薛永は、落ち葉の中を這って進んだ。
 まもなく薮がひらけ、薛永は崖の上に出た。木に縋って立ちあがると、彼方に郁嶺関の峰が見えた。たくさんの松明が行き来している。
 梁山泊軍に違いない。郁嶺関は落ちたのだ。
 薛永は、自分が縋っていた木を見上げた。やさしい、甘い香りがした。崖ぎりぎりに、天空に枝をのばすようにして立っているのは、一本の銀木犀だった。
 薛永の目に、暖かい光が点じた。
(君に会いたい──“銀樹”)

 可憐な花を見上げた薛永の項に、背後から矢が突き刺さった。
 迸った血が、銀色の花を咲かせる梢へ飛んだ。

 闇の中、薛永を射た方臘兵が、ふらふらと山を下っていた。戦いの恐怖で発狂した兵は、顔に虚ろな笑いを浮かべ、呟くように歌っていた。
「なにもかも焼き尽くされる──この世界は、闇の魔物でいっぱいだ」
 歌声が遠ざかり、山は静寂に包まれた。

 どこからか、軽い足音が聞こえた。
 よく知っている、足音だ。
 銀木犀の香りに包まれ、横たわった薛永は、太白の体温を胸に感じた。
『太白、来てくれたんだね』

 太白は薛永に寄り添い、顔を舐めた。
『あの子のこと、覚えているかい』
 太白が、鼻を鳴らした。
 薛永は、暖かな毛皮の感触と、光と、銀木犀の香りに包まれ、目を閉じた。
(泣かないで、銀樹)
 銀色の花が散る。
(僕は、自分の力で“将軍”になって──いつか、あなたを必ず迎えにいきます)


 空に星が輝きはじめる。
 星の光と、銀色の花に照らされた薛永の顔は、穏やかな微笑みをたたえ、軽く伸ばした両腕は、しっかりと、見えぬなにかを抱きしめていた。



※文中の「郁嶺関」は、正しくは郁嶺関です。
※文中の「ホウ万春」は、正しくはホウ万春です。
※文中の「縄票」は、正しくは縄票です。




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