はじめに-PROLOGUE-


水滸伝 〜水のほとりの物語〜

 かつて、中国山東の地、梁山という山の麓には、茫々たる湖沼が広がっていた。
 大小の水路が複雑に入り組み、高い葦が生い茂って、あたかも迷路のように他所者をよせつけない。
 梁山のふもとの水たまり―梁山泊。
 いつの頃からか、そこには世を逃れてきた男たちが雲集するようになる。
 北宋末には、宋江と三十六人の男たちが腐敗した政治に反旗を翻し、この梁山泊にたてこもった。
 その反乱はやがて鎮圧されてしまうが、彼らに反権力の夢を託した民衆は、長い時をかけて梁山泊の物語を語り継ぎ、育て、熟成させていく。
 梁山泊の物語は、街頭の講談として語られ始め、五百年の歳月をかけて一編の長編小説として整備された。
 筋立ては、百八人の英雄豪傑が、やむにやまれぬ事情から梁山泊に集結し、貪官汚吏を相手に縦横無尽に暴れまわるというものだ。
 登場するのは、義侠心から悪漢を殺し、お尋ね者となる豪傑、冤罪に陥れられ逃亡する武官、権力者の横暴に抗い罪人となった村人や、その他、書生、道士、猟師や船頭、盗賊から良家の令嬢まで、いずれも武勇、智略、一芸に秀でた好漢たち。悪漢を斬り、猛虎を殺し、命をかけて友を助ける。また一方では、酒を飲んでは失敗し、美女に騙され、しばしば命を危うくする。
 中国民衆は彼らの活躍に快哉を叫び、危機には憂い、百八人の好漢たちは身近な英雄として現在でも愛され続けている。
 『水滸伝』は、『三国志演義』や『紅楼夢』と並ぶ中国古典文学の名著であり、なおかつ英雄でも貴顕でもない人々のための、自由と抵抗の書なのである。


森下 翠



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